2024年2月

メンタルは打ち身と一緒

打ち身はできるときが1番痛い。でもしばらくすると少し忘れる。そして青あざになっているのを見つけて思い出す。青あざは消えるまでに時間がかかる。

仕事が下手な私は、今日もネチネチと怒られ続ける。何を言っても言葉の端を切り取って指摘される。挙動すら指摘される。

視野が狭くなって、頭の回転が止まって、うまく言葉が出てこなくて、脇汗が止まらなくなる。もう何回目かわからんことやけどな。

詰められる、ということをどう捉えるか。
相手の傲慢さ、しつこさと見るか、自身への期待や想いの裏返しと見るか。
詰められないに越したことはないが、長い社会人人生においてすべてがうまくいくはずもないので、詰められてもスルーできるような解釈の力を身につけたい。事実は一つ、解釈は無限。

ただあいつらは詰められる人しか詰めないからだるいんよな。信頼関係があるから、じゃねえよ!
自分のご機嫌もコントロールできない癖に都合よく身の振り方変えるな!おばか!

 

泥酔コレクション

じゃあ怒られて気分が悪いときはどうするか?酒を飲むのです。飲み会をするのです。
友だちとお酒を飲めば大抵のことは忘れて、楽しくなっちゃう自分でよかった。

社会人1年目から4年目まで渋谷に住んでいた。モテたいときは渋谷と恵比寿と代官山の間ぐらい、と言っていたエリア。

その近所に行きつけの飲み屋がいくつかあったものの、引っ越してからめっきり行く機会がなかった。その日の飲み会は前の家の近くで飲むことになったので、いそいそと向かったら、マスターが覚えてくれていて、歓迎してくれた。

そのお店で教えてもらった飲み屋のマナー、「よかったら〇〇さんも一杯どうですか?」を実践し、次第にそのお酒がテキーラに変わっていき、友だちの酔いも加速したことでどう店を出たのかすらあまり覚えていない。友だち曰く、その後沖縄料理屋に移って、沖縄そばをうまいうまい言いながら食べていたらしい。

その日はRが家に泊まり、案の定翌日もずーっと家にいた。二日酔いで動けなかった私たちはTSUTAYAで借りていた映画を3本連続で観た。夜になっておなかが減ってきた頃、近くに引っ越してきたKに連絡すると予定が合ったので、下高井戸で飲むことに。飲酒2日連続。

Kの彼女も来てくれて、下高井戸飲み屋探しの旅を開始。もう一生この店でいいわ、という安くてうまくて量が多くて店員さんのノリがいい店を一つ目で見つけたのですぐ旅を終えた。

カラオケがしたいということで、23時を超えるとカラオケ&喫煙が可能になる夢のような沖縄料理屋に向かった。沖縄料理屋も2日連続。

Aも合流して、泡盛ソーダ割をお供に盛り上がっていると、隣のテーブルで盛り上がっているお姉さんと話すことになった。

「何歳だと思う?」
「えー!19歳ですか?」
「じゃあお酒飲めないじゃない!」
「じゃあガチで当てます!29歳!」

と言ったら実は36歳で、子持ちのパパママ6人組集団だった。この時間に、この店で、飲んで歌う夜、うらやましすぎる。お姉さんとお互いが世代じゃない松田聖子を一緒に歌った。

お客さん同士でカラオケをバトンタッチしながら歌っていると、奥のカウンターで歌っているお兄さんがいて、その人のことを”細兄”と呼ぶことになった。歌声が細かったから。細兄とKはBEGINを歌っていた。
細兄はその後酔ってお会計を忘れて店を出て、20分後ぐらいに戻ってきてお会計をしていた。かなり愛おしい存在だった。

ABEMAの「BADHOP 1000万1週間生活」で、どうかしてるんじゃないかぐらい酒を飲むBAD HOPのメンバーになぜか触発されて、BAD HOPを超えることを目的に大好きな渋谷のやまがた舟唄で飲み会をした。

ビール、焼酎、日本酒をペースよく飲んでいると、ガシャーンという音が響き、振り返ると店員さんがお盆をひっくり返してしまった様子。
酒の力も手伝って底抜けに明るくなっていた私たちは、近くに座っていたRに「手伝いに行け!」と伝え、それを聞いたRはすぐさま立ち上がり、日本酒を片手に持ちながらお手伝いに向かう姿がおもしろくて笑った。あの日、渋谷で一番いいやつやった。

そろそろ店を出ようかというタイミングで、店員さんがたくさんのネギトロ納豆を大きなお皿に乗せて運んでくれて、「さっきはありがとうね。サービス。」と。
底抜けに明るい私たちは大きな声で「ありがとうございます!」と伝えた後、なんだかおかしくなって笑ってしまった。鶴の恩返しやん。

じゃあ追加でお酒頼みますわということで日本酒を飲みながらネギトロ納豆を食べて、幸せいっぱいで店を出て、三茶のスナックに行って、ラーメンを食べて、私の家でテキーラを飲んで、そして倒れるように寝た。翌朝、楽し気に笑う自分たちの写真をみてなんだかうれしくなった。

あとスナックで某有名ヒップホップグループのメンバーに出会い、底抜けに明るい私たちを見て喜んでくれたその人が歌う大ヒットソングをみんなで合唱した。

おもろいことがたくさんある夜だった。

 

進捗

映画 39本 / 100本
本  9冊 / 100冊
ピザ 25切れ / 100切れ

2024年1月

今年は映画100本観る

私の趣味は映画鑑賞、読書、飲酒です。おもんないよな。でもほんまやねん。

特に映画を観るということは私にとって大事なことで、20歳前後のメンタルが不安定なときに観た映画に、救われたというか、頭なでなでしてもらったというか、ギュッとしてもらったという感覚を抱いてから、映画を観ることは大事な時間で大事な趣味。あとシンプルに「映画観てるやつはかっこいい」と思っている節がある。

なのに去年はまったく映画が観れなくて、サブスクの「つづきを再生」の項目に、15分ぐらいだけ再生した映画が8本ぐらい並んでた。まじで集中できなかった。

今年は映画100本、本100冊、ピザ100切れのトリプルハンドレッド目標を設定したので、年明けからどしどし映画を観ている。100本観ると思ったら、どれにしようかな~と選ぶことにかける時間が減っていい。とにかく次々観ている。

サブスクにはないけど、ツタヤにはある映画。特にジブリ北野武の映画が観たくて調べた結果、「ツタヤディスカス」というサービスを登録した。

しかしこのツタヤディスカスは非常に使いにくい。

・「定額リスト」を使って、レンタルしたいDVD/CDを登録します。
・定額レンタルプラン(無料お試し含む)では、「定額リスト」に借りたい商品をあらかじめ登録しておくと、リストの優先順位と在庫状況に応じて、発送可能な商品を自動的に選び出してお届けします。
・発送可能な作品がないと発送されませんので、なるべく多くの商品を登録しておいて下さい。
・届いた商品をご返却いただくと、続いて次の商品が発送されます。

特に「リストの優先順位と在庫状況に応じて、発送可能な商品を自動的に選び出してお届けします。」の部分ね。謎の重みづけがされて、ツタヤディスカス都合で決められたDVDが送られてくる。借りたいときに借りたいDVDが借りられるわけではないのである。

でもこの仕組みが好きになってきている。
次なに届くかな?とわくわくしてしまっている自分がいる。
ちまちまアプリを開いては、定額リストの並べ替えをしてしまっている自分がいる。

これがツタヤディスカスの罠です。

地元にTSUTAYA WAYというでかいツタヤがあって、ほんとにしょっちゅうお母さんに連れていってもらって、CDやDVDや漫画を借りたり、返しに行ったり、本を立ち読みしたり、よくわからん雑貨を買ってもらったりしていた。

スラムダンクとか、往年の名作漫画はほぼTSUTAYA WAYで借りて読んだ。レンタル期間は2週間。3人兄弟なのでみんなで一気に読んだ。弟は読むのが早かった。

今思えばTSUTAYA WAYが私の文化への関心の始まりだったと思う。

そのTSUTAYA WAYは私が高校生の頃に閉店して、その後ゴルフショップができて、それも閉店して今は更地。なんかさみしいよな。

 

恋愛やめるわ

人間関係は個別具体的であるはずなのに、「付き合いましょう」と口頭で合意を得た人間関係は似通っているように思う。

付き合った瞬間、いきなりルールブックが現れる。

外で手をつないでOK、セックスしてOK、週1ぐらいで会うべし、記念日やイベントには贈り物を届けるべし、友だちより大事にすべし、他の人のことを好きになってはいけないし、1~2年付き合ったら同棲して、3年も付き合えば結婚しなきゃいけない。あ、別れたら会っちゃいけないよ!など。

私は一人暮らしが長いからか、今日あったことを一から全部誰かに話す習慣がなく、落ち込んだり、しんどくなっても人にありのままの気持ちをさらけ出すことは少ないのだけど、パートナーにはそういうことを話した方がいいらしい。付き合うということは特別な関係だから。

そこかしこで行われている恋バナは往々にしてそのルールブックに基づいてなされていて、そのルールブックは社会のマジョリティの空気感を反映して作られている。

そして恋バナは盛り上がる。それぞれの実体験に照らして話せるから。当事者性が高い。恋や愛の文脈で話される相手の言葉は、他の言葉より確からしく聞こえることもある。ただ、ときに言いたい放題、マウントの取り合いになる恋バナは奇妙に思える。人それぞれでよくない?

20代に入って、誰かと1年以上付き合ったことがないことは私のコンプレックスの一つであり、克服しようと自分なりに向き合ったけど、「付き合う」という人間関係で定義されている価値や倫理はやっぱり馴染まない。

近しい友人からもよく「おまえは終わっている」と伝えられる。恋愛の過程や結果において、相手を傷つけることはいけないし、それは終わっていると思う。ただ未だにそのルールブックに書かれていることでわかっていないことが多い。というより私は私のことがよくわかっていない。

“友だち”という関係性において、嫌だなと思うとき、イライラするときはある。そういうときは距離感をうまく取って対処できるのに、なぜか付き合うとできない。

ただ、わかってきていることもあって、一つは私には人の言葉を真に受けすぎるよくない癖があること。そして、私が“付き合う”というルールブックを誰よりも意識し、内面化しているということ。カップルとは〜〜あるべき!相手の期待に応えてなんぼ!という誰かが決めた価値や倫理を必死に取り込んで、実践しようとして、できなくて、相手のことが重荷になってしまって、別れを選んでしまう。確かに最低!!!

だからもう本当に気にしない領域に行くために一旦恋愛やめるわ。

「今年で27歳?そろそろ結婚とか考えなきゃだね!」
「そうっすね!(笑顔でスルー)」

色んな人にインタビューして、ルールブック~ガチ版~作ったろうかな。

 

スローガン的な

昔に比べればずいぶん自分のことがわかってきたが、一方でどんどん自分のことがわからなくなっている。

自分を見つめるためにSNSをやめる。相対化しない。選択肢を持たない。

自分の本当の欲望を知りたいと思うから、自分らしくあることを大事にする。

ありたい自分の姿があって、それに照らしたときに認めたくないこともある。正直もっとお金稼ぎたい。かわいい子が好き。とか。
でも正直に認める。シンプルに解釈する。KOHHになる。

いつまで経っても自分のことばかりで情けなくなる。

社会のことは考えて、社会と接していたい。
わかりやすさに群がらず、意志を持って接する。近づく。

 

進捗

映画 25本 / 100本
本  8冊 / 100冊
ピザ 0切れ / 100切れ